Pitiのこだわり

Pitiのストーリー

From the Soil of Croatia to a New Life in Japan


1979年、私は旧ユーゴスラビア(現クロアチア)の街、ヴコヴァルで生まれました。平和だった幼少期は、突如として始まった紛争によって一変し、私たちは避難生活を余儀なくされました。その過酷な歳月は、私に「人と人とのつながり」の真実の価値と、困難に立ち向かう人間の精神の強さを教えてくれました。

私の原点:祖母から受け継いだ仕事の流儀

私のワインとの絆は、飲むことができるようになるずっと前から始まっていました。セルビアのヴォイヴォディナにある祖父母の家ではパブを営み、自分たちでワインやラキヤ(蒸留酒)を造っていました。

私の祖父は第二次世界大戦で負傷し、家事や力仕事をすることは困難でした。そのため、祖母が一家の屋台柱となってすべてを支えていました。90年代後半まで、彼女は広大なブドウ畑や田畑、そして家畜の世話をすべて切り盛りしていました。

膨大な農作業と大家族の世話を一身に背負いながらも、祖母は家の中を常に清潔に保っていました。あんなに働き者だった人を、私は他に知りません。彼女の誠実な姿勢に、私は今でも一歩でも近づきたいと願い続けています。

13歳の時、家族を助けるためにエルドゥト(Erdut)のブドウ畑で働き始めました。土に触れ、ブドウの蔓を整える――それこそが私の真の教育の始まりでした。

16歳で平和活動の道へ進み、ボランティアとして訪れたスコットランドで、私の人生を変える日本人女性に出会いました。スコットランドとインドでの活動を経て、2005年、彼女と共に歩むために日本へ移住しました。

日本での挑戦と「七転び八起き」

2012年に日本で起業した当初は、資金もコネクションも、日本語の知識もほとんどありませんでした。レストランで7年間働きながら必死に貯金をし、AIも翻訳機もない時代に、夢を形にするための基盤を築きました。それはまさに、日本で言う「七転び八起き」の道のりでした。

私がここまで歩み続けてこれたのは、故郷の素晴らしいワインには日本の食卓に並ぶ価値があると信じていたからです。祖母がその土地に注いできたような、妥協のない献身と誠実さを、日本の皆様と分かち合いたいと考えたのです。

私にとってワインは単なる飲み物ではありません。
それは土地の歴史であり、それを造り上げた人の人生そのものです。

I invite you to share in this journey, one glass at a time.

Wine shop Piti 店主